風をつれて歩く~きたまちものがたり~
6月の、ある木曜日。
近鉄奈良駅の「行基さん(噴水広場)」で、サチと待ち合わせをした。
彼女と会うのは、名古屋での結婚式によばれて以来だから、もうかれこれ25年・・・。
早いな、月日の流れるのは。
だいたいがSNSだけど、ときには電話もしたり、手紙も書いたり、近況はお互いに知らせ合っているけど、なかなかゆっくり会う機会が持てなかった。
「一番下の子が大学に入って、なんだか肩の荷が下りたっていうか、さびしくなったっていうか・・・・・・久しぶりに旅でもしようかなと思って」。
そんなメールがサチから届いた。私も会いたい。でも、フリーで編集の仕事をしている私は、ちょうど仕事場を離れるわけにはいかない時期だった。
「じゃあ、わたしの仕事場がある、奈良に来ない?東大寺のすぐ近くで、きたまちっていうところなの。大仏さまにお参りできるし、ゆっくりできるお店もあるし…」。
駅のエスカレーターを上がってきたサチは、学生時代のままのスリムな体型で、ジーンズがよく似合う。
「のんびり歩くのが楽しいまちなの」と伝えておいたから、足元はスニーカーだ。
「じゃ、行こうか」。
駅から北へ。横断歩道を渡ると、東向北商店街、きたまちのはじまりだ。
「へえ・・・いろんなお店があって、あったかい感じがする商店街だね」とサチが言う。
パチンコやさんがあって、行列ができているハンバーガーやさんを過ぎると、和菓子屋さん。
郵便局と病院もある。本屋さんは古本屋も入れると三軒。
「つきあたりは奈良女子大学、明治の建物が今も残ってて、今年2019年で創立110周年」
「女子大って聞くと、なんだか、なつかしくなるね」
わたしとサチは地方の女子大学で出会い、仲良くなった。
卒業後、彼女はふるさとの岐阜に戻り、私は縁あって、最初は大阪で、10年程前から奈良で暮らすようになった。
「令和になってから、『万葉集』の仕事も増えたよ、だって奈良だからね」と私が言うと、
「ユウコの口から『万葉集』が出てくるようになるなんて……。大学の時、森田先生の『万葉集』の授業、ほとんど寝てたよね」とサチが笑い出した。
「おう、ユウちゃんやんか。今日は歩きか?」
角を曲がってしばらく歩いたところにある、観光案内所から、聞きなれた声がした。
吉本さんだ。トレードマークの真っ赤な自転車も止まっている。
「うん。大学時代の友達が来てくれたから。今日の“駐在さん”は吉本さん?」
「そうや、ちょっと、中入って、涼んでいきや」
「ここって…観光案内所って書いてあるけど、このランプって交番の?」と、サチは不思議そうな顔だ。
「前は駐在所だったのを改修して、まちの観光案内所になってるの。ほら、看板にも『旧なべや交番観光案内所』って」
誘われるままに中に入ると、
「ほら、これ、交番やったときの写真。畳が敷いてあるところはお巡りさんの宿直室やったんや」。こうなると、話が長くなってしまう。「吉本さん、ありがとうね。今日はランチを予約してて、もう行かな…」。
観光案内所を出て10歩も歩かないうちに、奈良女子大学の正門と記念館が見えてきた。
「わ、かわいい、写真撮りたい!」「撮ろ、撮ろ」
<続く>